多くの方がご存知の寛永通宝は江戸時代から明治初期までの240年間もの間、日本各地で鋳造されたため数百以上もの種類があります。微妙な線の太さや字の大きさ、傾きで希少価値が大きく変わってきます。そこで今回はこの寛永通宝の種類と価値についてご紹介致します。
寛永通宝は数百種類もある!
寛永通宝は、江戸時代から明治の初期までの約240年間、庶民の通貨として使われ続けたました銭です。
江戸幕府が成立した頃は、主に「永楽通宝」が使われていました。 室町時代から貿易を通じて中国から日本に入って来た「永楽通宝」は、関東近辺から北でしか使われておらず、関西方面では「京銭」と呼ばれる出来の悪い銅銭が使われていました。そのため、江戸幕府は銅銭を統一することを決め、全国各地で鋳造されたのがこの寛永通宝です。
この寛永通宝は古寛永と新寛永の2種類があります。寛永3年(1626年)から明暦2年(1656年)までに鋳造されたものを古寛永(こかんえい)と呼び、寛文8年(1668年)以降に鋳造されたものを新寛永(しんかんえい)と呼びます。
もちろん。寛永通宝には現在の10円や50円、500円のように作られた年は刻まれていません。が、一目で古寛永と新寛永を見分ける方法があります。
それは、「寶」という字の「貝」の違いで見分けることができます。
6画と7画が引っ付いて「ス」のようになっていれば古寛永です。離れて「ハ」になっていれば新寛永です。
新寛永は全国各地で240年間も作られ続けたため数百もの種類があります。
書体の違い、部妙な字の長さや細さで細かく分類されています。そのためプロの方でも判別が非常に難しいこともあります。
寛永通宝の価値
通常、古寛永より新寛永の方が価値があり高い値がつきます。中でも最も価値があり高い値で取引されるのが寛文8年(1668年)に鋳造された「島屋文」です。通用銭で30万円ヵら25万円の値で取引されます。また、その母銭になると100万円を超える値がつくこともあります。逆に希少価値が低い寛永通宝も多くあって1枚数十円や中には値がつかないものもあります。
見分けるには素人の方には難しい
寛永通宝の大きさはおおよそ24~25㎜、重さは3.5gほどです。中央に「孔」という正方形の穴が開いています。裏面に文・元・足・長・小・千・久・盛などといった文字が刻まれています。が中には表記されていないものや、波型の文様が刻まれているものもあります。
ちなみに、通用銭とは、物の売買に日常的に使用されたお金を言います。また、母線とは、通用銭の元となる母型で、通用銭とは材質や寸法に違いがあります。そのため数が少ないく希少価値が高い値段で取引されています。素人の方には通用銭と母銭の見分け方が難しいです(^^; 母銭になると数十倍と数百倍と価値があがりますのでプロの方に鑑定してもらうことをオススメ致します。今は、坂上忍さんがCMをしているバイセルや、福ちゃん・おたからやなどメールで無料査定をしてもらえる古銭買取業者がたくさんあります。値段が合わなかったら売る必要もありません。断るのもメールで済むから大変便利なのでオススメ致します。
古銭の種類とその価格は知りたい方はこちら